小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内
令和八年 壱月 吉日
スピリチュアル エピソード 特別編 第四十四話
第四十四話
三光太源会で平一が、門下に教え諭していた
ことはー
その12 天霊神について 続きその11
新年おめでとう御座います。今年も引き続き、天霊神の行門についてお話し致します。
あの昇竜門の五十四門を終えて、いよいよその次なる、五十五門に向かって行く。広い茫漠たる砂漠を行くが如く、一歩一歩とその砂漠の中に足を踏み入れて行く。
どの位時が経ったのか判らないが、いつにてもその砂漠は、永遠の砂漠と言われようか、果てしが無いのだ。然れども、根気に任せ続けて行くと、かすかに半門と思われるものが見え始めた。
それに方向を転じて、どんどん進んで行くと、正しく半門であった。その半門の作りは、光の線によって出来ている門で、その下で暫く黙祷なし、その五十五門に行くべき準備をなし、その門を一歩過ぎると、今迄砂漠と思っていた所のものが、即ち皆々が空を見ると、青くなっている様な所なのだ。上も下も全て青空、その中を歩いていながらも、一つも落ちる事無く行けるのだ。
自分が逆さまにいるのか、真直ぐにいるのか、さっぱりわからない。そのために心が悩まされるが、半門の所を真直ぐ通って来たのだから、これは正しく逆さまではないという自信の元に、歩き続けていた。
さすると、いよいよ五十五門と言われる所の殿と思われる様な、御殿が見えだしてきた。それがまるで蜃気楼の様な雲の中に、ボヤッと反射して映る様な、パノラマと同じ様なものが目の前に出て来た。
これが五十五門だと思っていて、此処へ行こうと思い疾走を試みたが、所が疾走するとその御殿も同じ様に走って行く。これではいつ迄行っても果てしがない。いよいよ疾走を止めて歩くに限ると思って、その青空の中に浮かんでいるものに、一歩一歩進んでいった。
さすると、こちらで一歩進と、あちらも一歩、こちらにこちらに進んでくるような気がする。いよいよ登れるのだと思い行くと果たしてそうだ。
今迄出迎えを受けなかったが、非常に低い音楽を奏するものが聞こえてきて、まるで我等を歓迎せんがための音楽のように聞こえくる。ふと気づくと、前の数十人のそこに使われている神々が、この穢れがある身を、まるで王子を歓待するような振る舞いで、全部が最敬礼なし迎えてくれたのだ。
いよいよこの門に中に入り、記録所で記録なし、そこにおられる案内神と共に、第一の休憩所に入ったわけだ。
そこでその案内神が説れるには、お前も今迄沢山の智識を得て来たろう。また修行も積んできたろう。但しながら、宇宙の全体の構造については、今で知らざるものが多いと思う。
この殿は恐らく一殿より五十四殿に至る間の、総括したる宇宙の構造を、大略の見込める様に教える殿であることを始めに知っておけ。まず人間の見える、全て楕円形成したる所のものに見える宇宙というものは、すべて楕円形成したるものによって描かれておる。
それ以外の宇宙は、全て汝が見るところ以外に、人間の数が増える数と同じ数を、その空間に出すことが出来るものが大宇宙なのだ。
今地球上に約二十六億の人間がおる。汝らの目に見える宇宙は、一つの楕円形と思えば、その二十六億倍が大宇宙と想像できる。だから汝らの見ている宇宙は、一点よりいか小さいものであるかと云うことわかり得るだろう。
何故楕円型でなければならないかは、蒼生の中にある所の、所の力の一点が、互いにその中に存在する所の引き合うもの、引き合わざるものとの結合によって、1つの楕円の運動をなしているものが、小宇宙の運動となる。故に運動をなしているから、楕円の形をとる。
例えば一つの毬に紐をつけて、クルクルと廻すが如き有様を云う。その廻す楕円が、二十六億の楕円とお互いに引きつけあって、その大きさになるところの円を描いて、その目に見えざるところの宇宙の活躍を、お互位の中ら示しているのだ。
だから神が最高と思って造った所のこの人間は、人間が年数が増えるに従って、いわゆる何万年、何十万年先より造られた人間と、今造られたるものとに細胞の数は同じだけれども、その働く部分により十万年前は十億であり、今は二十六億であるということが云えるのだ。
ということは、今日原子爆弾、水素爆弾が出来ている世に、それを耐えうるだけの力を、この細胞に働かせしむるのが神の力なのだ。
それによって神が、初めに出たものがアミーバ―とするならば、それが段々魚とか植物とか、叉動物という風に一つ日一つ新しく作って来たものが、その特長が見えている。その特徴が人間には非常に少ないが、そのものを統括する力がが人間に与えられている。
だから進化論では、アミーバ―が今日に至る迄続いている様に見えても、一つ一つ新しく作られているものと思えば良い。
例えば水中に居るには、魚でなければ居れない。また、匂いを嗅ぐのは、犬のような鼻でないといけないという風に、皆一つずつ新しく発明されたるものそれらが何十億とある中に、皆神が存在しているということは、兎を造ったならば兎を発明した神なのだ。亦、魚なら魚を造った神なのだ。だから八百万の神があるのだ。
故にこれらの宇宙を作るには、一つ一つの魚、植物、動物、人間と云う様に、この宇宙がその心の中にある所の二十六億−魚、動物、又日猿という風に、各々がその考えるところの宇宙が全て二十六億存する所のる所の存在の中に、自身を見出してその中に自身達が見られる所のこの宇宙に於いて、各々の能力を発揮している小宇宙が、自身の肉体の部分と少しも変わっていないのだ。
そのために自身の小宇宙が、所謂自身であると云うことが、その魚でも兎でも猿でも人間でも、燃やしてしまえばこの大宇宙の大気と合体出来る、
だから、このキの中から出ているということが、はっきりワわかるのだ。無限とはどんどん増えて行くから、その宇宙が有限であるということも其の中にあるであろう云うこと、あるる神から云われるのだろう。
だから無限だと云うことも、ロームはっきりと言いたいのだ。
続く