小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内

第11話(その1)2014年11月


スピリチュアル エピソード 第11話 1/2
平成26年11月28日



私の目の前で起こった父・平一に関わる超常現象



その1 危ない!子供が落ちる−


 それは昭和19年、もう70年も昔のことです。

当時、私の父は、現在の銀座一丁目・当時は京橋区木挽町一丁目で荷造り材料を商いとする小泉商会を経営しておりました。家は三階建て木造の店舗併用住宅で、1階は店舗とその奥に6畳の茶の間、右手は2階に上がる階段が、左手には台所とお勝手口が、そして風呂場と便所がありました。

 家族は両親と祖母、長兄の幸雄、次兄の道雄、そして私の年子三人兄弟の6人でした。私たち兄弟は皆、京橋小学校に通っていましたが、太平洋戦争の戦局悪化のために、昭和18年、祖母と二人の兄が、現在も私の住んでいる世田谷の赤堤に仮疎開して松沢小学校に転校し、父と母、そして末っ子の私の3人が京橋に残りました。

 それは私が京橋小学校の2年の時でした。ある日の午後、学校から帰ってきた私は、母と二人で茶の間におりました。

風呂場から、禊をしている父の祝詞が聞こえていました。ところが、急に大きな声で“危ない!子供が落ちる−”そう叫んだのです。

母は慌てて風呂場のドア越しに“お父さん、どうしたのですか”と聞ききました。すると“今、小学校の校庭の桜の木から、子供が落ちたのが見えた。幸雄や道雄ではないようだが−”と云うのです。

当時、世田谷の家には電話が無く、よほどの時には、50メートルほどの所にある中村屋と云う酒屋さんに、電話の取り次ぎを頼むのですが、“その必要はない”と云って、再び水行を続けました。

 日曜日、長兄の幸雄が祖母の用で京橋に来ました。父がそのことを尋ねると、“あ−、放課後、校庭の桜の木に登っていた下級生が一人、すべり落ちて大騒ぎになったんだ、でも大した怪我が無くて先生方もほっとしていたよ”とのことでした。

その後、 降霊会で“子供たちは疎開させるように”との隼人霊神の霊言があり、私も松沢小学校に転校しました。そして、病弱の道雄兄を残して、私と幸雄兄は新潟県の岩船町に学童疎開しましたが、松沢小学校に転校したおりに、幸雄兄から校庭にある“下級生がすべり落ちた桜の木”を教わりました−。

 「千里眼」というコトバを聞いたことがありますか。心霊科学では「霊視現象」の一つで、遠く離れたところの光景を、眼前にあるように見ることが出来る能力のことを云います。「千里眼」が出来た霊能者としては、明治の時代に福来友吉に見いだされた御船千鶴子や長尾裕子が知られております。これらの霊能者は、これを行おうとして精神を統一すると、かなりの頻度でこれを行い得たとのことでありますが、その他に、たまたまある条件が整うと、これが可能になるケースがあります。父平一のケースもこれに当たるようで、これ以外に「千里眼」の力が発揮されたことはありませんでした。  

 なお、この様な事例としては、ストックホルムの大火を500キロの彼方から霊視したスエーデンボルグのケースが知られております。

エマヌエル・スエーデンボルグは1688年スエーデン王国に生まれた有名な政治家・科学者・神秘的思想家で、神霊界に関わる様々な資料を残しており、1868年のハイズビウ事件を契機に誕生した、スピリチュアリズムの先駆者として知られております。

 この様に、「千里眼」はその見えたことが、別の方法で事実として証明出来ますが、次回にお知らせする、昭和20年に起こった「B29撃墜の謎」は、果たして父の力が関与したのでしょうか。どうぞお楽しみに−。

以上