小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内

第1話(その2)2013年5月


スピリチュアル エピソード 第1話            平成25年5月


「天下取りを目前とした武田信玄は、

何故三方が原で亡くなったか。
そして信玄の黄金は―。」


昭和24年3月25日 小泉平一の日記の続き


 公、歿するに先立ち、ひそかに隼人を呼び、秘蔵せる軍用金の一部を某所に秘することを命ず。原隼人命を受け密かにかつ厳重にして某所に秘しぬ。某所とはOOOO山なり。

 武田家滅亡後、隼人の子息(次男)父の命のあるところと、公の意のあるところを奉じて,ひそかにこの財宝を守護せり。その孫に至り、土民の群れに身を落とし××××というところに土着す。子孫に語り継ぐにその実を以てすると雖も、子孫のうち不心得をせんとする者出る時は、神変下りて未前に不思議の罰を受くる也。

 24日 夜半より25日4時迄、以上記せし如き様、実に詳細に迄霊眼に写り来たり写り去る。ただ、熱高きがため、うつつにありて見しものなり。

 26日 今朝菊池豊君来る。余語るに昨夜の霊視の物語をなす。彼、分県地図を出し来たりOOOO山、××××、山梨県に有りや否や調べしに地図にありたり。

菊池豊は近くに住まいする平一の神霊研究の親友で、竹内満朋の物理降霊会・主護霊会の一つである一龍会の審神者を務めると共に、言霊学を研究する博学の士でありました。

 ところで、この埋蔵金には面白い後日談があります。平一が三光太源会でこのことを話したのは、恐らく昭和30年代の終わり頃と思われますが、会員の中のAさん―この方は東京と京都、そして山梨に工場を持つ染色会社の社長さんで、竹内満朋の主護霊会の会員でもありました−が、この秘話を聞いて「実は私の先祖は原美濃守で、そのような埋蔵金の言い伝えがあります。子供の頃、その地を訪ねたことがありました−」と言つたとのことであります。

Aさんは米寿を超えた今もお元気で、現在は京都に住んでおいでになり、今回、電話でそのことを尋ねたところ、“中学生の時でした。結局何もありませんでしたが−”と懐かしそうに話されました−。

なお、平一は「このような埋蔵金には、沢山の人間の思いが執念や怨念となって纏わりついており、併せて、これを守護している土地神のお考えもあることから、特別の使命を授かった場合以外には、絶対に欲得づくで手を染めるべきではない。たとえ強運の持ち主が発掘に成功したとしても、必ずしっぺ返しがあって運命を狂わせてしまう。

ごく稀に、先祖の徳などで福徳に与るケースがあるが、そのような場合は「必ずその一部を、世のため人のために役立つ、良いことに使わなければならない−」と言っております。

                                      完