小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内

特別編(第四十四話-22)2025年6月


令和七年六月吉日


スピリチュアル エピソード 特別編 第四十四話


ローム太霊がその死を哀惜された

父小泉平一の軌跡



第四十四話

三光太源会で平一が、門下に教え諭していた

ことはー


その12 天霊神について 続きその4


 今月も引き続き、天霊神の行門についてお話し致します。

第26殿 光に対する合体の根本的動作で、基本原理は、天霊神自身が光になるべく努力して来たが、本当に合体したかどうか見極める場所で、ここ以外には試す場所が無い。
 小部屋に入れられて、座して光の状態になる要ように、自分の光の最高の波動を出す。段々その波動が充満して、光によって一番重い色から、約二十位の光の色で透き通って、部屋と同格の身体になる。
 そうすると、そこに霊がいるかいないのか、判らなくなるが、その中に指導霊が、それ以上の最低の波動の光をつぎ込み、天霊神の身体が透き通って見えたら、完全に光になっていないので失格となる。
 波動の細かいものは、波動の鈍いものの中にある時は、その存在が見えるという。その鈍い波動を細かい波動が犯して、その細かい波動を持続させるという、普通の物理的現象が見いだせるのだから、完全に合体したのではない。光に合体するまで修行を続ける。

第27殿 空の合体(空に合体すると、物の引き寄せ、物の創造が可能)
 第26殿と同じ沢山の部屋があり、その中に天霊神が重い体を置く。そして、部屋の濁りのある部屋より、濁りのない部屋にする様努力されて、その最高のものが無に等しくなれば行が終わる。
 その方法は、まず波動と同じ空になれば、空動なるものを起こさせる力と自然に振動するが、空、光、叉それ以下の波動が、全部この部屋に吸収される事、この空の波動が事物製造に一番役に立つものである。
 天霊神の物品引き寄せとか、いろいろな物を与えるのは、この方法による。そう言う力の泉の場所だから修行も困難、合体出来た時は無と同様な格を備えた時で、この道場を出ることが出来る。

第28殿 無の修行
 無は光、空を包含した存在で、活動の根源が此処に存ずる。無なればこそ有が生じる。
 無は一つの物を作る根本、無の合体は言葉では言い尽くせないが、天霊神自身、?体と無との合体というものを、殿も何もない茫漠とした空門の元に、一つの存在を現すだけの動きだろう。
 言葉で言い表し得ない、この動きの?によって無になるべく努力される。この期間は相当長い。恐らく静の中にあっての動だろう。
 ここで、ローム大霊が、天霊神の修行の基本であると言われて垂示された、「道術法命存在・?空無光真奇力存」をお知らせいたします。
 「法」と云うものは、「条」の上に位する神の憲法で、神は常にこの法則によって動かされている。
だから、百巻の「条」を貰うより、法の一行を神から聞くことが出来れば、その者は条以下の力を身に付けて神に近い存在になれるのだ。
 その崩れたかけらが聖書・コーランであり、その風に一寸吹かれたのが慈悲を説き、愛を説いた釈迦、イエスと言える。
 「命」というものは、前の「法」以下を完全抑えてその力を具え、神の特命を受けて現界に降り、その使命を果たすものである。
 但し、普通に命と云われる中には一段低いものがあって、この条術法の中の一つを身に付けて現界に降り、神から授けられた任務を行うもので、イエス、釈迦、老祖などがそれであるが、この列には無名のものも多数いるのである。
 「在」と云うのは、宇宙万物を構成する無限の材料の根源であり、「存」というのは、宇宙万物を創造する無限の力の根元であって、この「在」に「存」が加わって「?」「無」となり、「空」となり「光」となり「色」となり「物」となるのである。
 従って、「在」と「存」の結合によって、あらゆる物が生じるのであるが、実際には「在」の材料と「存」の力があるだけでは、物にならないので、この二つをある意思によって結合させる因子が無くてはならない。これを「秘」と名付ける。
 それ故に、この「在」「存」と「秘」との三つが宇宙活動の大本であって、これを象徴されているのが根本神の三光道大神である。
 亦、この関係「在」は地であり母であり、「存」は天であり父であり、「秘」は神であるという風に理解しても良い。

第30殿 29殿迄の総決算の殿
 試験が終わり、格付けされた天霊神は、その身体自身に光を持たれて、その光により絶対下がらない免状の力の象徴が光になって表れて神々しい。
 31殿に行く前に、特殊な命令により、神界の外廓に特使としてやられたり、幽、霊界にやられたりして、ある期間は仕事をするが、その特使が終わると、命ぜられて神の下に帰ってしばらく休業し、31殿に向かう。

続く