小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内
平成30年11月吉日
スピリチュアル エピソード 特別編 第十七話
第十七話 平一が辿った六十六の石門と、
新しく出現した背後の諸神諸霊
について
妙義山乗天坊霊神が平一に教えられたことによると、特定の人間には、生涯を通じて顕幽(現世と幽世)に亘り通り抜けよと示された、六十四の石門が用意されているとのことであります。
人生とは峨峨として聳え立つ山頂を目指して、一歩一歩難路に歩みを進める様なものであり、この石門とはその山道を遮る巨大な石の門であります。それぞれの石門には、魔神を始め様々な神霊が守護しております。そして石門と石門の間には数多くの壁があって行く手を遮り、これらを乗り越え乗り越えて、ようやくこの門の前に辿り着きます。
これは人間の魂の活動でありますが、一方、生きている人間にとって、その壁とは日々の暮らし上で襲い掛かってくる様々な苦難であります。その苦難を乗り越えると、魂も壁を乗り越えて石門の前に行けるのです。
石門に辿りつくと、その石門を護っている神霊から「何をしに行くのか」との問いかけがあります。その問いに答えることが出来ると門が開き、次の門に向うことが出来ます。そして生涯を通じて六十四門を通り抜けると、神仙になれるとのことであります。
その有様を平一は昭和24年8月の日記に、次のように記しております。
「石門の上より余を呼びとむ。『汝いずこに行くや』と,余応えて曰く『油を堀りに行きます』。上なる者問う『油を堀りて如何にするや』余答える『国に捧げます』。上なる者『国に捧げて如何にするや』と、余答えて言う『かくり世に行きしとき,かへり言(ごと)せんために』と。かくの如く答えし時石門開かれたるなり。」
平一には、その六十四門に更に二門が加えられ、完成すると天冠神の殿に行き着くことが出来ると告げられておりました。
昭和20年代の前半、平一はこの石門を通り抜けるため、行く手を遮る壁と日々苦闘しておりました。
店を任せた義弟との不和により収入が枯渇し、日々の暮らしに困窮すると共に、取得した鉱区の鉱区税の支払いが重荷となり、24年5月に鉱区税滞納のため家財の差し押さえを受けております。それらのために、昭和25年2月28日に、義弟に小泉商会の実印を渡さざるを得なくなってしまいました。
豊野油田開発の神業の出資者探しにおいては、奔走の結果一瀬丈兵衛と云う信仰心の深い実業家と知り合い、意気投合して会社設立まで話が進んだのですが、同氏が望んだ社長の座をヘルマン霊神が許されず、紆余曲折の結果、昭和25年1月8日に破談になっております。
蓄膿症と痔ろう等の病苦、妻さきの悪性の喘息苦、併せて日々襲来してくる魔との戦い、取り分けヘルマン魔王との闘争は辛酸を極めました。その上、昭和24年2月に長年守護して頂いた背後の神霊が、一斉に平一の元を去ってしまったのです。
ところが、有難いことに、次々と新たな神霊が出現して平一を守護したのです。昭和24年2月1日に、「スピリチュアルエピソード17話」でご紹介した古代イスラエルのアム王が出現しました。次いで7月にはヘルマン魔王が降って善神に変貌して背後となり、10月には同じく「13話」でお話ししたノンム汗霊神(成吉思汗=源義経の霊)が、そして11月には古代西洋の武人ヘリウスと云う名の神霊が背後に加わりました。
余談ではありますが、昭和24年2月22日の統一中に、昭和19年5月に没した玄洋社の頭山満翁が出現して、「生前、平一と縁がなかったことが残念だ」と悔やまれたとのことであります。
頭山翁とはその昔、平一が戸隠に遊興に行った折に、列車の隣席に座っていたことがあり、「この時余の瞳と翁の眸と会いし時,両者の気火花の如く在りしき。当時余は不思議なことに思われたり。余この時のことを翁に語りたり。翁笑いおられて帰り行かれたり」と日記に記してあります。
そして、特記することは、同年9月23日に旧約聖書で預言者として称えられているエレミア霊神が出現したのです。そして、エレミア霊神に続いてイエスが−そのことは次回お話しすることと致します。
完