小泉宗雄・「三光太源文化研究所」のご案内

特別編(第三十三話)2021年1月


令和三年1月吉日


スピリチュアル エピソード 特別編 第三十三話


ローム太霊がその死を哀惜された

父小泉平一の軌跡



第三十三話

平一が拝受した膨大な啓示と霊言、
そしてそれらの記録


 明けましておめでとう御座います。良い年となりますよう、コロナウイルス蔓延の一日も早い終息と、併せて皆様方のご健康を心からお祈り申し上げます。

 ところで、前話でお話ししたような諸神、諸霊からの啓示と霊言を、平一は生涯を通じて一体どの位拝受したのでしょうか。
 第三十話でお話しした明玄秘録を更に辿って、昭和29年11月23日〜同43年11月24日迄の14年間で数えると、44柱の諸神、諸霊から122の啓示と54の霊言を拝受しております。
 平一が柴又帝釈天の白猿の諭しがきっかけとなって心霊の道に入り、浅野和三郎の心霊科学研究会に入会して研鑽を励み始めたのは、昭和8〜9年のことと思われ、昭和9年3月に誕生した長男幸雄の命名に当たって、和三郎が庇護していた巫女霊媒小林寿子の和彦霊人に相談したとの記録が残されております。
 そして、昭和11年12月に菊川に居住している中原敬晴氏を支部長にして同会菊川支部を設立し、竹内栄一(後年の竹内満朋)と理事を務めております。その会員の中には菊花会の小田秀人、物理霊媒の萩原真の名があります。
 平一が初めて霊言を拝受したのは、清和源氏の祖・新羅義光霊神から昭和9年頃とのことでありました。ところが後年になって、真の義光霊神が出現されて、その折の霊神は、実は平一の主支配霊・斉藤景時霊神が、この方は生前新羅義光霊神の家臣で、かつ従弟に当たる方との事でありますが、扮しておられたことがわかりました。このお計らいは、平一を激励されるための神慮だったようであります。
 以降、数多くの諸神、諸霊からの啓示を拝受しております。
 一方、平一と邂逅して義弟となった竹内満朋は、平一と.手を携えて心霊の道に研鑽すると共に、菊花会小田秀人の指導で物理霊媒の能力が開花し、ローム大霊のもとで物理降霊会がスタートしました。
 それは恐らく、昭和13年頃の事と思われます。そして昭和10年代にこの降霊会で平一にもっぱら霊言を垂示されたのは、主支配霊の斉藤景時霊神の様であります。
 以降、平一が昭和58年77歳で没するまでのほぼ50年の間に、前述に倍する多くの諸神、諸霊から、恐らくは数百の啓示、霊言を拝受したものと思われます。
 平一は大変几帳面な性格であると共に筆が立ち、心霊に関わる出来事を丹念に日記に記録し、上記の明玄秘録7巻の他に、神霊日記(昭和14年8月〜同31年2月)や幽妙抄(昭和22年2月〜同24年9月)、明玄録(昭和24年5月〜同27年9月)等を残しております。
 併せて、竹内満朋の降霊会での、平一を始め三光太源会会員に垂示された霊言の、暦年の記録が残されております。
 一方、三光太源会で講話した資料は、門下の故山田武雄の手で整理されたものが私の手元に残されておりますので、順次お話しして行きたいと思っております。
 なお、それらのほんの一つかみを元に、私は2014年「最後の物理霊媒・竹内満朋の降霊会でローム大霊が講話された死後の世界『神霊界』の実相に関する研究」を上梓いたしました。
 この様に平一が拝受した膨大な啓示と霊言、その中の云わば極め付けとも言える、平一が7度の生を繰り返して今生に至り、果たすべく託された驚愕の使命についての啓示があります。そのご紹介は、今しばらく後にさせて頂き、次回は平一が諸神、諸霊に捧げた祝詞、奉献の文をご紹介することといたします。